瞑想つれづれ日記④ 生徒さんたちへ

教室の生徒さんが先日の教室で
しばらく前から理不尽な騒動に巻き込まれていたことを
話してくれました。

その中で私は教室で初めて「自我」という言葉を使って
瞑想のことを話しました。

自我・・・それは、他者との関係で理解している自分。

たとえば、単純な例でいくと

自分は「母だ」
自分は「妻だ」
自分は「社長だ」
自分は「バカだ」
自分は「優秀だ」・・・などに始まって

私は「○○しなくてはならない」
私は「○○でなけれなならない」
私は「○○であるべきだ」
私は「○○であってはならない」・・・などと広がっていき
知らず知らずのうちに自分を縛っていきます。

簡単に言えば、自我とは上記の例の「」の部分に当たります。
「」の部分は自分の想いや考えです。
瞑想はこの想いや考えの部分を捨てていく作業です。

その想いが作られた経緯や
その考えが正しいか間違っているかは関係ありません。
想いは存在の事実とは関係なく作られたものです。
ですから、作られたものは瞑想では全て捨てていくのです。

「」の部分を自分自身だと勘違いすると、
たとえば、自分のことを母や妻とだけしか認識できなければ
母として妻としてやるべきことしか認識できなくなり
その社会的役割を担っている下側(裏側)に元々ある自分という存在を意識できなくなり
その結果、本来の自分と自我のエネルギーとの相克により
苦しみや自分の人生に対する不満が生じてしまいます。

瞑想に出会った頃の私がまさにそうでした。

精神のフィルムに刻まれた「」の部分は
人生劇場というスクリーンに見事に映し出され
自分の願いとは裏腹な現実を体験することもあるのです。

瞑想は自分の心全体を自由にしていくという気の長い作業です。
もちろん、現実生活の中で個別に対応できることへの努力はするわけですが
意識的に働きかけられるものには限界があり
私たちはそれを受け入れつつ進まなければなりません。

以下に、以前のブログに載せた詩のような呟きを載せてみます。

生徒さんたちが、毎日の瞑想で心を捨てるという
このプロセスそのものをこれからも楽しんで歩めるよう
私も道の途上にある者であることを承知の上で
贈りたいと思います。

「世界でもっとも純粋なものを」2018年2月20日

 「何度も何度も
  何度も何度も
  繰り返す同じ動き

  それはまるで不純物を少しずつ捨てて
  世界で最も純粋なものを
  作り上げていく作業に見えた

  そうか、
  奇跡はこうやって作られていたのか」

2018年の平昌オリンピックのフィギュアスケート種目で金メダルを獲得した
羽生結弦選手が出演する企業CMの中の言葉です。

瞑想は・・・

何度も何度も
想いを捨てて
世界で最も純粋なものに波長を合わせていく作業。

それが表に現れてくるのを待つ作業とも言えます。

その純粋なものとは
宇宙根源のエネルギー。
宇宙の現れとしての本来の自分です。

そのエネルギーを
金井メソッドでは「元波動」と呼びます。

そのエネルギーが
個としての「私」を通して現わされたものが
魂の個性となります。

チベット密教のマントラの中にも
「宇宙の根源が輝ける宝玉として、私の心の内に咲く蓮の花の中に在る」
とあります。

元波動に同調した世界では
人はそこですべての大事なものを得ることができ、
すべての不必要なものを捨てることができます。

金井先生によれば、その同調を崩さないためには
瞑想だけでなく、毎日の生活の中での現実の心身の在り方が大事だそうです。

「マイナスを減らし、プラスを増やすこと」
つまり、マイナスの想いから離れ、
喜びを感じることを増やすことだそうです。

そうか、
瞑想と現実生活は
そのようにつながっているのか・・・。

ほんとうの輝きは、
不純物を捨て去ったときに
現れるのですね。

今回の羽生選手の演技は
まさに不純物を捨てて
純粋なものに向かって行為が為された結果だったのでしょう。

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